「まぼろしチャンネル」の扉へ
「番組表」へ 「復刻ch」へ 「教育的ch」へ 「東京カリスマch」へ 「日曜研究家ch」へ 「あった、あったch」へ 「再放送」へ 「ネット局」へ
ら〜めん路漫避行
まぼろし書店・神保町店
少女漫画 ふろくの花園
帝都逍遙蕩尽日録
定食ニッポン
駅前ガラクタ商店街
日本絶滅紀行
怪獣千一夜
秘宝館
掲示板
マガジン登録
メール
まぼろし商店街
まぼろし洋品店

「ガラクタ商店街」タイトル

その30 『家庭電気読本』と
上野文庫のご主人について‥‥の巻
弓屋かえる堂さえきあすか
古書まみれ


 9月10日水曜日。東京・上野にあった古本屋・上野文庫のご主人、中川道弘さんが亡くなられました。膵臓癌だと聞いてからアッという間の出来事でした。
 今思い返しても、すごく天気のいい、青い空が印象的な残暑の厳しい日で、訃報の連絡に、なんとも言葉にしがたい寂しさが、気持ちの中をスッと通りぬけていきました。享年63歳でした。

 私にとって中川さんは、とても緊張する人でした。雑誌やテレビなどで、ご存知の方も多いと思いますが、なんといっても個性的なご主人です。喋り方にも特徴がありますが、目つきも鋭く、オドオドしながら本を見ている私を怒っているようで、ひたすらドキドキしていたのを思い出します。
『家庭電気読本』 そんな緊迫(?)した店内で長々と本を眺めた後、1冊持って会計に向かいました。今回ご紹介する『家庭電気読本』(朝日新聞社・昭和12年発行)です。A6版サイズの小さな書籍であるにもかかわらず、青い布が貼ってあり、金色で描かれたタイトルと、電気をイメージしたモダンな図柄が、上品で高級な書籍って感じがして気に入っています。
 「現代は電気の時代である。照明に、温熱に、動力に、通信に、以前にありては殆んど空想視されていた事までが、すべて電気によって解決されて行く。今は電気のない生活や仕事は、全く考えられないのである」
 という文面ではじまるこの書籍の内容は、電気の一般知識にはじまり、住みよい家の電気設備から電気料金、電気事故に至るまで、電気とのつきあい方が、親切ていねいに紹介してあります。そして私にとってポイントなのが、電化製品が写真で紹介してあることです。当時は、文化的、合理的な生活を得るための、さまざまな電化製品がつくられ、普及しはじめていました。たとえば、その名もズバリ“文化炊飯器”。火をおこしてお米を炊いていたことを思えば、奥様にとって夢のような商品だったに違いありません。そして自分のお尻であたためていた座布団まで電化した“電気座布団”や、“電気火鉢”、“電気七輪”、“自動電気アイロン”、“電気冷蔵庫”、“電気洗濯機”などなど。なんでも“電気”とつけちゃうことからも、当時いかに電気が流行りであったかがうかがい知れます。
『家庭電気読本』 私からこの本を受け取ったご主人は、
 「あなたは、こういう本がお好きですか。いいですねぇ」
 とほめてくれました。嬉しかったです。

 今回縁あって、生前の中川さんの話を聞く機会が何度かありました。中川さんの癖や行動、オモシロ発言などは、間違いなく平成の奇人伝だと思いました。オーバーだと思われるかも知れませんが、ドラマ化してほしいくらいです。古本を探して全国各地を飛びまわる話や、韓国など海外での珍道中話。世の中にどんなに便利なモノ(例えばパソコン)が普及しようとも、自分にとっての満足のいくやり方を貫く姿勢(それもアイディアが豊富!)。病的とも思える、一寸の凹凸もない背の揃った本の配列。
 江戸から昭和までのマトモ本、クセ本、マレ本、オモシロ本‥‥、寄席芸能、歴史、相撲、任侠、猟奇物、風俗などなど、「なんだかおもしろそう」と思える本が、ズラリと並んでいる魅惑的な古本屋さんを舞台に、古本をこよなく愛し、足しげく通ってくる蒐集家たちと、古本以上に店主・中川さんに惹かれる若者たちの姿は、ドラマよりドラマだと思ったのです(このお話は、いずれ関係者の方が、なにかしら形にされると思います。いえ、ぜひぜひ形にして欲しい!)。
古書まみれ けれど、「それで? それで?」って、せかして聞いちゃうような楽しい話を聞くたびに、私自身が中川さんともっとたくさんお話をしておけばよかったと、悔やまれて仕方がありません。残念ながら私の場合、遠くから中川さんを見ていたファンのひとりにすぎません。

 手元に中川さんと一緒に写した写真があります。3年前の9月にキントト文庫さん(その12 趣味の図案集の巻参照)で写したのですが、写真の中川さんを見るたびに、病から逃げず、笑い飛ばしさえした中川さんの精神力の強さ、自由奔放の生き方を思い、ただただ惜しまれて、残念な気持ちでいっぱいになります。中川さんの病と闘う姿に多少でもふれた人たちは、好きなことをやりながら生きていくことのたいへんさと、自分自身の死に様について考えさせられたのではないでしょうか。
 心よりご冥福をお祈りいたします。

『月刊モクロー通信』

追記:南陀楼綾繁さんが『月刊モクロー通信』に、上野文庫さんの追悼文を書かれました。この通信は、南陀楼さんと奥様の内澤さんが、多忙な中で毎月発行しておられる、世界で唯一の古書目録愛好フリーペーパーです。当然のことながら、上野文庫さんの目録も入手しておられ、目録について、中川さんについて、4コマ漫画にも登場させたりして、いろいろと書いてあります(中川さんの漫画、オモシロイです)。
 中川さんの死は、南陀楼さんにとってもショックなことで、「この不思議な古本屋のコトは、この先、多くのヒトによって語り継がれていくでしょう」と書いてありました。
※『月刊モクロー通信』については、南陀楼綾繁さんの『6月某日 上野ノ森ニテじゃずヲ堪能シ鶯谷ニテほっぴーニ耽溺スル事』で紹介してあります。興味のある方は連絡してみてください。

弓屋かえる堂

古書まみれ古書まみれ 上野文庫 中川道弘著 弓立社発行 
古本こばなし、映画、漫画、川柳と、蒐集癖のあるヒトには、特にニヤリと笑える1冊です。


2003年11月27日更新
ご意見・ご感想は webmaster@maboroshi-ch.com まで


その29 ちんどん屋失敗談とノリタケになぐさめられて‥‥巻
その28 愛国イロハカルタの巻
その27 ちんどん屋さんとペンギン踊りの巻
その26 「ラジオ体操の会・指導者之章」バッチと小野リサさんの巻
その25 針箱の巻
その24 カエルの藁人形と代用品の灰皿の巻
その23 『池袋骨董館』の『ラハリオ』からやってきた招き猫の巻
その22 東郷青児の一輪挿しの巻
その21 西郷隆盛貯金箱の巻
その20 爆弾型鉛筆削の巻
その19 へんてこケロちゃんの巻
その18 転んでもただでは起きない!達磨の巻
その17 ケロちゃんの腹掛けの巻
その16 熊手の熊太郎と国立貯金器の巻
その15 単衣名古屋帯の巻
その14 コマ太郎こと狛犬の香炉の巻
その13 口さけ女の巻
その12 趣味のマーク図案集の巻
その11 麦わらの鍋敷きの巻
その10 お相撲貯金箱の巻
その9 カール点滅器の巻
その8 ピンク色のお面の巻 後編
その7 ピンク色のお面の巻 前編
その6 ベティちゃんの巻
その5 うさぎの筆筒の巻
その4 衛生優美・リリスマスクの巻
その3 自転車の銘板「進出」の巻
その2 忠犬ハチ公クレヨンの巻
その1 野球蚊取線香の巻


「カリスマチャンネル」の扉へ