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「第二小学校」タイトル

日曜研究家串間努

第23回「純潔教育と初潮映画」の巻


 小学生のとき、男子と女子とでは、男子のほうがなんとなく優遇されていて、女子はいろいろな場面で後回しにされたり割りを食っていたような印象がある。といってもそれは日常の細かいことで、遠足のバスに男子が先に乗ったり、掃除の時間にいちはやくホウキを独占してしまうようなことなのだが。

掃除の時間

 唯一、男子が女子を羨ましいと思った日がある。高学年のときに女子だけ理科室に集められて映画を見せられたのだ。なんで女子だけなんだと男は文句をいい、理科室から戻った女子に「ねえ、ナンの映画だった?」と聞いたが答えてくれない。クラスの女子が担任の女教師と一致団結して箝口令をひいているのだ。

 それが性教育の映画だかスライドで、月経の手当てについてだったことは大人になってから知った。暗幕の閉まる部屋で男子に秘密裏に月経教育をする。なんだか女性の生理は恥ずかしくて隠さなければならないことというネガティブな印象づけはこのような密やかな月経教育に根ざすところが大きいのではあるまいか。

 月経教育を中心とする性教育は、教育現場では「純潔教育」という名前でオブラートに包まれた。明治時代から、性を学校現場で口にするのははばかれるところがあり、理科でも植物の受粉は教授してもよいが動物は「生殖機能ヲ説クベカラズ」とされていたくらいである。これが終戦後、アメリカによる民主教育施策で性についても以前よりは解放された。

 昭和二十二年、文部省は「純潔教育の実施について」というタイトルで社会教育局長通達を出し、戦後の性教育の一歩が始まった。「男女間の道徳秩序をうちたてること」と書かれているように、このころの純潔観念は貞操を重視し良妻賢母を作るものであった。昭和二十四年には「純潔教育基本要項」(純潔教育委員会)、昭和三〇年には「純潔教育の進め方(試案)」(純潔教育分科審議会)と「純潔教育」が強調され、文部省は「性教育」という言葉には消極的である。昭和三〇年代から四〇年代は性教育についてはまったく進歩がなかったが、昭和五〇年後半から月経教育以外の性教育、男女の生殖器、受精、妊娠、発生、出産、第二次性徴などについての方針検討や研究がなされた。昭和60年代になると道徳の時間で性を科学的に教えはじめ、体格の向上や性モラルの崩壊化など時代背景の変化に学校現場でも対応を迫られるようになった。しかし小中学生でも援助交際をしているなどのニュースを聞くにつけ、私たちの時代は純情だったのだなと感慨を新たにする。

「はるか」を改稿


2005年7月12日更新
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