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串間努 第6回「エックス線メガネ」の巻

 エロ雑誌の広告で、「スカートの中が覗けるメガネ」なんて広告が載っている。て、いうことはこのメガネでアレをのぞくとコンナなっちゃうのかな? と男子の想像をたくましゅうするアイテムだ。戦前から戦後にかけては、「レントゲンメガネ」という、鳥の羽根を箱につけた玩具が縁日で売っていて、太陽に透かしてみると、「自分の手の骨が見える」という触れ込みだった。そんな子ども心をくすぐる玩具をオトナのピンク心に援用したのだろうか。
 ボクはある取材で、戦後の日本で初めて「エックス線メガネ」を雑誌通販したかたと知り合った。

「いや、ほんとにこの話というのは、自分でもちょっと考えちゃうんですよ」
 開発者Tは言いよどむ。これを話すとあとに作った商品までうさんくさく見られてしまうから……という。是非聞きたい。懇願するボクにようやく開発者Tは重い口をひらきはじめた。
「昔、縁日でこれぐらいの真四角のマッチがありましたよね」と、手で形を作ってみせるが何のことかボクにはわからない。
「全く真四角のマッチぐらいの筒の中に鳥の羽根が入っていて、前後ろが曇りガラスでやってあって、こうやって見ると……」
 空をのぞく真似を見て、ようやくわかった。レントゲンメガネだ。四角い箱の前面に鳥の羽根が貼り付けてあって、日光に透かしながら手のひらをみると、羽根が透きとおって人間の骨のように見える錯覚を利用した玩具だ。縁日ではみた経験はなかったけれど、「おもちゃの本」に作り方が書いてあったから存在は知っている。ボクも赤い羽根募金の羽根を使って、作ってみたことがあった。決して骨のように透けて見えなかったけど、あれは赤い羽根だったからだろうか。
「ある日なんとなく、それを二つ、眼鏡みたいにかけたら面白いなと。そんなオモチャを考えまして『X線眼鏡』って命名したんですよ」
 『週刊実話』や『月刊明星』などの雑誌10誌くらいに広告を出したところ、申し込みが殺到したという。
 開発者Tがだした広告は、『見えたぞ、X線眼鏡』と言うコピーだった。それに値段と住所と、イラスト一つ。当時はマリリン・モンローが流行ってたから、地下鉄の風でスカートがまくれているそばにX線の眼鏡をかけた男がいる図案だった。
8X Refractor Telescope Kit 「生まれて初めて広告を出して、売れたのはいいのですが、毎日のように『それはうちの親分のネタだ。てめえバラすぞ』とか、『火をつけてやろうか』という手紙が、全国からしょっちゅう来てましたね。あとで知ったのですが、アメリカにも全くそれと同じことを考えて、眼鏡で売った人がいるんですね。私のを見て真似たのかどうかわかりませんけど、ある日神田の洋書の古本屋で週刊誌を見ていたら自分のと同じのが出ていましたね」
 それはきっと『シーモンキー』という生物玩具をアメリカで発明した『ハロルド・ボン・ブロンハット』氏が開発した『X─RAY』という玩具だ。一時、アメリカのコミック雑誌に広告が掲載されて爆発的ヒットをとったと聞いたことがある。アメリカに行ってハロルド氏にもインタビューしている私はシンクロニシティを感じる。
 当時、事務所も借りられなかった開発者Tは、私書箱を借りた。いまだったらウィークリーオフィスか。雑誌に広告が出た明くる日、郵便局へ行ったが何も来ていなかったので、「なんだ、あんなのは売れないんだな」と思い、ちょっと気抜けして郵便局へ一週間行かなかった。
 開発者Tの期待は大きかったようだが、あきらめも早いようだ。
 そうしたら、「私書箱というのは、配達するよりも自分で速やかに取るために貸してるのだから、毎日来てくれないと困る。郵便物がたくさん来てますよ」と叱られた。急いで行ってみると、現金封筒が、かごで三杯もあった。X線メガネは原価も考えず適当につけた九五〇円だったが、ほとんどの人は千円札をいれて「釣りはいらないから早く送ってくれ」と書いてあったという。わざとやったのではないだろうが、ここで五〇円づつ儲かった。昭和三〇年といったら、アーモンドグリコが「一粒で二度おいしい」をキャッチフレーズに登場した年。このころのキャラメルやガムは十円だから、現在百円をしているところから推測すると、九五〇円といったら、今なら約一万円くらい。結構使いでがあったのでは。それにしても男って……。

 開発者Tはたんに思いつきで商品を考え出し、売れるかどうかわからないのに通販の広告を出しただけだった。品物の生産の用意などまったくできていなかった。どうやら開発者Tは石橋を叩いて渡る性格ではないらしい。それともたまたま当たっただけだろうか。まぐれ当たりにしても運が強い人である。
 泥縄式というかなんというか、早急にX線メガネを組み立てなければならなくなった開発者Tは、とりあえずサングラスと鳥の羽根を用意しようとした。そして催眠術に関心があったので、催眠術で使うグルグルの同心円状の円盤をメガネの玉の形にして貼ろうとした。
「急遽それを近所の活版屋さんに行って印刷を頼んで、それから真ん中に穴をあけてから眼鏡屋へ行きました」
 しかし眼鏡屋さんでは、一遍に同じ形のものが何百個も千個もそろわない。少量多品種をそろえているのだから当たり前だ。それに定価が九五〇円なのに安くても一つ一五〇〇円はする。そこで御徒町の問屋を探したがここでも数がそろわない。ようやく福井県の鯖江市が眼鏡をつくっている本場だということを聞きこんで、開発者Tは鯖江市に向かった。
「ほんとに下には下があるんです。卸が一個七十円なんですよ。ガラスまで入って」
 これでサングラスはそろった。次は鳥の羽根だ。こんなものは近所の鳥屋に行って、鶏の羽根をもらってくればいい。開発者Tはそう簡単に考えていた。だが鳥の羽根を貼ってみたが、全く見えない……。
「むしろ、メガネで走り回ったよりも、鳥の羽根で向こうが透けて見えなかった時が大ショックでしたね。で、とにかく電話帳を見たんです。剥製屋さんがいいと思って、日暮里のほうの剥製屋さんへ行きました。縁日で売ってるやつの羽根を見せて、これとニワトリとどう違うのかと聞くと、『これはキジの羽根です』と」
 なんと! 縁日のレントゲンメガネは、キジの羽根だから透けて見えていたのだ。どうりでボクが工作で赤い羽根でつくってみてもうまくいかなかったはずだ。ちまたで売っている「手作りおもちゃの作り方」の類の本でも、鳥の羽根とは書いてあっても「キジ」とは書いていないだろう。これで、その本の作者が実際に作ってみているか、文献の孫引きかがわかるではないか。
 鶏の羽根には、膜があるので透けないのだという。そしてキジの羽根もごく一部分を使うのだという。しかしキジという鳥は乱獲できない。また、獲った人は剥製にしたがるからキジの羽根はあまり出回らない。せっかくここまで材料あつめができたのに、キジの羽根が集まらないばかりにX線メガネは頓挫してしまうのか。開発者Tは剥製屋さんに自分の事業のことを話してみた。そうしたら、横浜に外国の鳥の羽根を輸入する商社があるという。もちろん開発者Tは一目散に横浜にでかけた。
「ああ、日本中のヤーさんにうちが卸してるんだよ」
 その商社の社長のもとから日本の縁日のレントゲンメガネの材料が出ていたのだった。
「羽根はありますか」
「ああ、あるよ」
 だけど今日は名古屋のほうへ行かなきゃならないから、一週間経ったら来てくれと商社社長はいう。しかしもうあと一週間も待てるわけがない。すでに注文は一万を超している。メガネを集めたり、鳥の羽根で失敗しているうちに三週間は過ぎている。しかも広告は一回きりではなく複数回頼んであるから、あとからあとから注文が殺到してきている。普通なら、受けに入って、ウハウハと笑うところだが、製品が一つたりともできていないのに注文残が一万個もあるのは地獄のような苦しみだった。必死になった開発者Tは名古屋へいくという商社社長に土下座せんばかりに頼みこんだ。
「今あるのなら、私を助けると思って、分けてください」
「いや最近は出ないから、下のほうにあるんだよ」
「なら、自分が手伝います」
 開発者Tは無理をいって、根負けした商社開発者Tの自宅の倉庫にいった。
「どのぐらい要るの」
「だいたい、これぐらいのカケラで十万ぐらいあればいいです」
「ああ、そう」といった商社社長は、無造作に紙の袋を持ってきてたった一握りし、「これで充分だよ」と言った。え? たったこれっぽっち? そんな一握りの羽根を買うのに、たいへんな思いをしたのだった。
 おおいに受けたX線メガネだったが、贋物も横行するようになり、数年で止めた。
「私が取りに行ってる私書箱のすぐ横の私書箱でニセモノが始めたんですよ。いつも現金封筒の郵便物を持ってるのを見て、あいつはもうかりそうだと思って真似たんじゃないですか」
 最初はさきに記したように右往左往しながら自らが手作りでつくっていたが、最終的には、内職に出すようになった。
 それにしてもこのX線メガネ、なると巻のような渦巻きが模様として描かれているのだから、かけると相当間抜けな顔になるだろう。マンガチックで誰かにノックアウトされて、目を回しているような顔なのである。普通の眼を印刷してもよさそうなのに、わざわざコミカルに思える渦巻きを印刷したのはなぜなのだろう。
「私が催眠術というものに非常に興味がありまして、手軽にそれをそこへはめたというだけです」
 この『催眠術』というのがT氏の、のちのちの商品開発にも大きな影響を与えていくのであった。(微妙につづく)

●「小説宝石」を改稿


2003年4月16日更新


第5回「ハーモニカ」の巻
第4回「エヂソンバンド」の巻
第3回「スパイカメラ」の巻
第2回「コンプレックス科 体重・体格類」の巻
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