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「三面記事」タイトル

第15回「子どもが大好きな
王冠」の巻

日曜研究家串間努



新聞の見出し

 【名古屋】景品や賞金の当る王冠ほしさに夜、飲料会社にしのび込み、保管してあった清涼飲料水1400本のせんを次々に抜き、王冠だけを持帰っていた男子中学生2人が、20日までに名古屋中川署に盗みの疑いで補導された。
 調べでは、補導されたのは2人とも中川区内の中学3年生。14歳で友だち同士。2人はさる3月20日夜7時ごろ、同区Y町1丁目、中部飲料会社N営業所(M所長)の駐車場へしのび込み、トラックに積んであったペプシコーラ1088本のせんを、持ってきたせん抜きで、約2時間かかって抜き王冠を持帰った疑い。4月2日夜にも同駐車場にしのび込み、312本のペプシコーラを抜き、王冠を持帰った。
 中部飲料会社の話では、今年の3月から、全国16の販売会社でペプシコーラの王冠の裏側に文字を印刷し、当りが出ると(1)500円とホームサイズ3本(2)100円(3)50円(4)ペプシコーラ1本、のいずれかがもらえるようにした。
 2人はこの宣伝で、ペプシコーラに興味を持ち、最初はこづかいで買っていたが、自宅近くに同営業所があることを知り、王冠ドロを思いたったという。

(朝日新聞/昭和46年5月20日)

王冠泥棒と景品表示法違反

 ボトルキャップにフィギュアつき! などという楽しみがないころ、コーラのキャンペーンといえば、王冠を使ったものであった。おそらく、森永マミーや明治パイゲンCの紙栓裏を使った当たりハズレの手法を準用したものであろう。王冠を使ったセールスプロモーションとしては、昭和44年の三ツ矢サイダー「ドレミファコップ」プレゼント、昭和45年のリボンシトロン「世界の変わりダネ切手プレゼント」というのがあるが、これは王冠を3個〜6個を消費者が郵送する形式だった。

 昭和40年代の後半にあった、2大コーラ会社のキャンペーンは王冠を送る必要はなかった。現金が店頭で当たるプレゼントだったのだ。それが本記事である。ビン入りのペプシコーラの王冠の裏をめくると「¥10」などとプリントしてある。最高はなんと500円だった。買ったお店の店頭で、お金が貰える可能性があるというのは、子どもにとってはなんて魅力的なことであったろう! といっても一日10円、50円の限られた小づかいでは1瓶45円(保証金10円込み)のコーラをたくさん飲むことはできない。私たちはなんとかして王冠を手に入れることを考えていた。だから本事件の少年たちの気持ちはよくわかる。痛いほどわかる。

 ある日、僕らの仲間で頭のイイヤツが画期的な方法を考えだした。その頃はビンのコーラの自動販売機があり、販売機の前面にはセン抜きの箱が付いていた。栓を抜いたあとは箱の奥底にたまる。大人はそんなに王冠に頓着していない。そこにたまった王冠をこちらがちょうだいしようというのだ。この箱は 取り外すこともできたから、逆さまに振るとジャラジャラと王冠がでてくるでてくる。コーラを買わないでも王冠がガッポガッポ手に入るわけだ。箱のなかには他のメーカーの王冠も入っていた。とりあえず三ツ矢サイダーなど他のジュースの王冠の裏もむいてみたりした。なかにはビニールの被覆ではなく、コルクがいきなり裏側に貼り付けられているものもあり、それでもムキになってコルクをボロボロになるまでめくってみて「やっぱり何も書いてないや」と肩を落とした。

 王冠泥棒の横行も問題であったが、このペプシのキャンペーンは公正取引委員会にも過大広告の疑いで摘発されてしまうという結果をもたらしたお騒がせなキャンペーンであった。過大な懸賞販売に当たる疑い(不当景品類および不当表示防止法第3条違反)で立ち入り検査をうけたのだ。テレビなどで懸賞宣伝をしたが、ペプシコーラを買うと、ほとんどの人が当選するような宣伝をしている疑いをもたれ、また、懸賞つき販売は、売り出そうとする本数の予定総額の100分の2をこえてはならないと定められているが、ペプシコーラの場合、この制限額を大幅にオーバーしたものと公取委は見ており、のちに法学界では「ペプシコーラの景表法事件」とよばれるものになった。

王冠の裏に注目しよう

 日本におけるコーラのセールスプロモーションは、昭和36年の日本上陸当時は盛んではなく、始まりが見られるのは昭和44年以降である。当初は自動車や海外旅行が当たるなどのオープン抽選(必ずしもコーラを買う必要はない)が主流であった。石油ショック後は日本が低成長時代に突入したこともあり、コーラ各社の販売合戦もし烈になったため、昭和50年代はグラスや小皿をベタ付けする景品が盛んになった。

 王冠の裏面に景品の当たりはずれが表示されている「アンダー・ザ・クラウン方式」という、王冠を使った消費者向けのセールスプロモーションはおそらく本記事の昭和46年における、ペプシコーラ社の「キャップがキャッシュに変わっちゃうよ」が元祖である。日本ではコカ・コーラに押され気味に見えるペプシコーラであるが、500ミリホームサイズの導入時期や、500ミリペットボトルキャップへのフィギュア搭載など、コカ・コーラ社よりも早く消費者動向を採りいれたマーケティングを随時行ってきたのである。

 昭和46年のペプシのキャッシュキャンペーンでは、ハズレ絵柄は王冠の裏に12カ国の国旗(日本・シンガポール・朝鮮民主主義人民共和国・フィリッピン・中華人民共和国・ラオス・中華民国・クメール共和国・インドネシア・マレーシア・ネパール・大韓民国)が描いてあるものであり、続いて64種類のコイン絵柄となった。国旗やコインが選ばれたのはおそらく昭和45年に開催された大阪万国博人気による国際社会への興味と無関係ではないだろう。ただし地域や時期で違いがあったようで、初期のころは「このつぎにご幸運を」という表記がハズレ王冠だったという。昭和47年には札幌オリンピックの競技マーク12種類シリーズをプリントしている。

 子どもがフタやキャップを集めるというのは、すでに牛乳フタや日本酒のフタ集めの歴史という下地があった。酒フタについてはちょうど昭和44年に小学生のあいだにブームが起こり、200個前後の酒ブタを持っていた子どもが大勢いた。デパートもここに目をつけ「王冠セール」と名付けて一人3個まで無料配布することで客寄せの手段に使ったほどだった。
 ペプシコーラはこの「酒フタ集め」をヒントに王冠に応用しようとしたのではないだろうか。また、王冠の裏側がコルク不足のため1960年代の終わりからはプラスチックまたはビニールに置き換えられていったことも、裏側に消費者へのメッセージを印刷するきっかけになったのかもしれない。いろいろな条件があいまって、さまざまな文化現象は生まれるのだ。

 しかし問題はバリエーション展開だ。子どもが集めたいと思うような絵柄で、種類が豊富なテーマを何にするかだ。酒は各地にいろんな地酒の種類があるから多種類集める魅力がある。おそらくこのころはまだ、なにかのキャラクターを使って蒐集させることは考えられず、多種類あるものとして国旗やコインなどを思いついたのだろう(昭和50年にペプシは東海地方で中日の野球選手のメンコが当たる王冠キャンペーンを行ったが、ハズレ王冠の裏に何が描いてあったかは未確認である)。

 対するコカ・コーラでは昭和50年に一部ボトラー(北海道・仙台・三国・富士・長野・北陸・山陽・四国・沖縄)が実姉した「ラッセルヨーヨープロモーション」が王冠を使ったキャンペーンの最初である(昭和38年ころにクイズの答えがコカ・コーラの王冠の裏に書いてあり、問題用紙は店頭にあるという思い出を持つ人をネットで発見したが、その詳細については確認できず)。コーラ消費の若年層の取り込みを狙ったものである。これは「アンダー・ザ・クラウン方式」と、消費者が景品の一部金額を負担する「自己精算方式」とを組み合わせたもので、「ラッセルヨーヨー」そのものは酒屋や学校前の文具屋などコカ・コーラの販売店でお金を出せば買うことができた。

 昭和52年には少年ジャンプに掲載された人気漫画「サーキットの狼」が火つけ役になったスーパーカーブームに乗り、王冠の裏に車のイラストを描いた「スーパーカープロモーション」を行った(100種類以上あったと思われる)。翌年はスターウォーズの日本公開とタイアップして「スターウォーズアンダー・ザ・クラウン方式」を開始した。キャラクターや名場面をプリントした王冠50個をコレクションできるプラスチック製の透明トレイも用意された。Tシャツや現金も当たったがなかでも王冠5枚を送ると抽選でR2─D2のAMラジオが当たるのが人気だったが、現金でも買えたようである。ジョージア缶コーヒーやアクエリアスがたちまちトップブランドとなったように、後発でありながら、先行品の弱点をうまくついていくのがコカ・コーラ社の上手な戦略である。スーパーカーとともに子どもに人気があるキャラクターの蒐集性に目をつけた販売促進手法であった。

 子どもたちは王冠のイラストが損なわれるのを嫌った。栓を開けるときに王冠がゆがまないように細心の注意を払いながらゆっくりと開けた。王冠の裏の絵柄はすぐに当たりハズレがわかっては面白くないので裏フタで覆ってあるが、その裏フタは結構めくり難い。爪を短く切ったときなどはあまりのめくれなさに「キーッ」とイライラする。そこでスターウォーズのキャンペーンのころからはめくりやすいように裏フタに突起がつくようになった。これはスーパーカーキャンペーンのときに千枚通しで裏フタをめくっていた子どもが手元を誤って目をついてしまったからだということも伝えられている。

 2大コーラメーカーの王冠キャンペーンが功を奏したことを真似、中小の清涼飲料水メーカーもフタをめくると当たりでもう1本というようなキャンペーンを各地で散発的に行ったようだ。また、フタの裏に「花言葉」が書いてあったもの、「英会話」が書いてあったものという情報もあるが、詳細は解明できなかった。子どもの世界に「王冠の裏」という新媒体を開発したという点でペプシコーラのオリジナリティーは多大に評価されてよいと思う。

書きおろし


2004年10月22日更新
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