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トランポリン・松岡

トランポリン・松岡

第二回『中高年男性、伝説のモッコリ。スーパージャイアンツ』


 五月の街に出てコーヒーでも飲まないかと気障な電話に誘われ、この四、五日、マックの前で暇な僕は二つ返事で出かけたのだが、レトロモダンあれこれの懐かし話から、僕たち中高年の間では伝説になっている宇津井健のスーパージャイアンツのモッコリ、懐かしいネと言う話になり、僕など口からコーヒーを零すくらい賑やかに騒いでしまった。僕は、スーパージャイアンツのモッコリもモッコリのスーパージャイアンツも大好きであるが、モッコリと聞くと、知っても、見ても、触れてもいけない甘く危険なイボンヌの香りとでも言うか禁断の息が僕の耳元に吹き込まれるゾクゾク感の裏で、暗幕の講堂で映画に息を殺した昭和三十五年頃にいつも心は飛ぶのである。
 僕が、スーパージャイアンツのモッコリの噂を実感したのは少し遅く中学生になってからであるが、当時、僕たちの間で男同士の股間揉み潰し的なゲームが流行った時期があった。勿論、無差別攻撃であるから廊下をボンヤリ歩いていると突然に二、三人に取り囲まれ股間を揉みくちゃにされるのされるのだが、その頃は僕もマスターベーションの世界に片足入っていて、愛撫と虐待の境目のような刺激に身を任せる感じでのそれはけっこうアレなのであった。
 本来ならハーフに進みそうな禁断の話題とでも言うかスーパージャイアンツのあのモッコリ話になると、僕などそのことを思い出しやんわりと股間が疼いてくるのであるが、そんな日々を過ごす中で僕はスーパージャイアンツの噂のモッコリ伝説話を知ったのである。
 実は、その噂のモッコリが伝説になっているスーパージャイアンツのシロクロ映画を初めてみたのは小学生の頃。その時はとにかく映画に一生懸命で、誰もそんなモッコリ話はしなかったと記憶している。
 田舎の僕の昭和三十年時代は娯楽も少なくテレビと映画くらいの日常生活。年に一度、全校生徒が講堂に集まって、ズバリ軽く映倫をパスした文部省推薦モノの児童映画をみる興奮の一日があった。
 勿論、神社の脇にエロ本が落ちてはいたが、ガラス越しのキスシーンで唐突に勃起するセックス描写非難集中時代。上映される二本立ての多くは村の小学生が体験する軽いサスペンス絡みの恐怖映画か友情モノであったが、スーパージャイアンツのようなワァーッといった大歓声と共に大拍手が講堂内に湧き上がる超人気映画も年に一、二本上映され、娯楽に飢えていた僕などこの映画鑑賞日を毎年思いっきり楽しみにしていた。
スーパージャイアンツ
 後年、再度、スーパージャイアンツをみるのであるが、この時は噂のモッコリにも今度は意識集中。大納得した僕である。
 あの当時、スーパーマンや月光仮面、七色仮面やナショナルキッド、ローンレンジャー等、股間を強調しやすいタイツ的スタイルのヒーローは別にもいたのであるが、白くてムッチリしたタイツタイプで比較的コスチュームが似ていたあの大瀬康一の月光仮面の場合も、マントの前をヒラリと全開しての二兆拳銃威嚇ポーズにも、モッコリといった印象は全然なかった。

 あれから四十年、伝説のスーパージャイアンツに代わるここ十年の最近?のモッコリと言えば、リチャード・デレイファス。映画/陽のあたる教室でホランドを演じた俳優だが、現在なら断然僕のイチ押しはこの人。モッコリならスーパージャイアンツなんて思わない辺まで、リチャード・デレイファスに嵌っている。
 勿論、彼の白タイツ姿を見たことはないが、小柄でいつもピチピチズボン。どこか演出されているような膨らみの見事さに、僕は溜め息が出る。
 レトロモダン宣言から始まる中高年の懐かし話に必ず出るモッコリ談議であるが、コーヒーを飲み零しながら大騒ぎして帰った僕のソレは、六十歳からの性生活的で普段から極めて控え目なモッコリ。ベッドの上で、どうも微妙に寂しい僕である。


2002年6月5日更新


第一回『トランポリンな僕のこと、少し話しましょうか。』


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