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第4回「チクロは旨かった」の巻

日曜研究家串間努

FRUITS JUICE

オレンジ牛乳

 子どものころ、粉末ジュースも瓶入り清涼飲料も現在のものよりおいしかった気がする。ヒトは自分の子ども時代の文化と風俗至上主義に陥りがちであるが、食べ物の味は確かにいまより昔のほうがうまかった。昔の味を知らなければ別にどうってこともないのだけれど。
 たとえそれが人工ものであってもだ。飲料がおいしかったのは、人工甘味料にチクロを使っていたからだ。以前、「あなたの希望を叶えます」的な趣向を持つテレビ番組で、故林家三平の奥さんが、夫がテレビで宣伝していた渡辺製菓の「しるこの素」を再現して欲しいという企画があった。試作品を食べた奥さんは「なにかが足りない」とひとこと。甘味がチクロじゃないからだということになり、名古屋にある製菓メーカーの社長が、記念にチクロを金庫にしまってあるということで、それをみせてもらっていた。私以外にも「チクロ」のほうが砂糖よりもうまいことを覚えている人がいるのだなと嬉しくなった覚えがある。発がん性があろうとなかろうとうまいものはウマイ。ダイエット飲料に使われている「ステビア」や「アスパルテーム」の薄っぺらい味ではあの味はでない。

オレンヂ牛乳

 戦後すぐ、砂糖は貴重品だった。戦時中から台湾や南洋などからの輸入ルートが途絶えていたからだ。そのため、ズルチンやサッカリンという人工甘味料が食品添加物として使われた。しかし日本が復興し、精糖工場の再建が進むにつれて人工甘味料時代は去り、昭和26年をピークに29年まで人工甘味料の需要は下り坂だった。しかしスエズ動乱で砂糖が値上がりしたために、また、安価な人工甘味料は脚光を浴びた。製品の8割が砂糖だという製菓業界においては砂糖の価格の高低は死活問題である。砂糖が値上がりしたからといって、市場競争が激しいなかで自社だけ値上げすることはできない。そのため、味は少し落ちてもコストを考え、人工甘味料に転換するのだ。なにしろ甘さも砂糖の300倍〜1000倍はある。チクロの甘味は砂糖の40倍くらいで人工甘味料のなかでも値段が高いが、後味がさっぱりとしていて砂糖に味が近いため菓子や清涼飲料に多用された。ズルチンなどは後味が残るのだ。

オレンジ牛乳とオレンヂ牛乳

 アメリカ(アボットラボラトリー社)で開発されたチクロことサイクラミン酸(シクラミン酸ソーダ)は、昭和31年5月に食品添加物として指定された。サッカリン・ズルチンとともに貴重な甘味源として使用され、最盛期には30万トンもの生産量を誇った。だが昭和43年にアメリカで発ガン性や催奇形性の疑いが示唆されたことから、わが国でも大騒ぎとなり、昭和44年11月に指定から削除され使用禁止となった。そのときの食品業界の混乱はひどいもので、せっかく生産したカンヅメや飲料を回収し廃棄処分しなくてはならない。当初予定された3カ月以内に一律に追放することなどはできなかった。なにしろ缶詰はすでに1年分を流通段階に載せてしまっている。ちょうど万国博覧会をあてこんで桃の缶詰などは増産してしまっていた。漬け物などは市場に出すまでに「あらづけ」といって2年寝かせておくから、チクロが禁止されたら2年間も商売にならなくなる。資金力のない中小企業も多く、食品業界全体では2000億円の損害が試算されていた(実際は100億円だったといわれる。1900億円分は消費者の胃袋に入ってしまったのか?)。そのため昭和45年1月までの回収期限であったが、缶詰メーカーの倒産が相次ぎ、メーカー側からの働きを受けて回収が7カ月程度先送りされた。

ソフトコーヒー

 渡辺製菓の「粉末ジュース」が経営不振で、同社が昭和47年にカネボウハリス食品に合併されたのはチクロ騒ぎのためといわれているが、それは一因であって単純な「チクロ倒産」ではない(カネボウハリス食品はこのあと、粉末飲料事業を行い、日本初のカップしるこを出しているのだ)。
 確かに、コストは高くなる。チクロ使用だと1袋10円売りのものが3円50銭でできるのに砂糖・ブドウ糖使用だと6円50銭に跳ね上がるのだ。砂糖でチクロの甘さを出すには2倍は必要で、どう考えても値上げしないとやっていけない。また砂糖は手形決済の期間が短いので運転資金の回転にも影響が出る。「粉末飲料はチクロを使っている」との消費者のイメージダウンもあり、コカ・コーラなど新しい飲料の登場で起こりつつあった粉末飲料離れはチクロ事件で一気に加速したともいえる。

パインジュース

 当時は成分表示の「チクロ」を化学名の「サイクラミン酸塩」に変えるメーカーや「チクロ」の文字を消して「全糖」と嘘の表示をする会社も続出し社会的批判を浴びた。「チクロ」の回収延期に怒った消費者団体は各地で不買運動を展開した。
 しかしその後の調べでチクロに発がん性がないことがわかり、いまではヨーロッパでは使われているという。対米追随でアメリカがこうだといえばナンデモ従ってしまう国民性を持つ日本だが一度凋落したイメージは抜きがたく、復活はなかった。ただしこの撤回は米アボットラボラトリー社の執拗な反論によるものであることを申し添えておく。

書きおろしFRUITS JUICE


2003年12月26日更新
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