舞台は新宿を離れ、再び大阪は千里丘陵へ。
「人類の進歩と調和」を掲げる日本万国博覧会のテーマソングは、前述したように三波春夫がまるでこの世という場所には何の闇もないかのごとく陽気に歌う、「世界の国からこんにちは」。
しかし、バンパクには、もうひとつテーマソングが存在した。
「日本アマチュア・フォーク・フェスティバル」というコーナーがあった。
国家と企業による国際的一大イベントに、<フォークソング>という若者らしさやアマチュアイズムを感じさせる、手作り的企画を盛り込むことが狙いだったのだろう。すでに<フォーク>は、本来の目的を無視され、いまに繋がる誤解をスタートさせてしまっている。
そのコーナーの出場者がみんなで歌える歌をと、主催者が楽曲を依頼したのが北山修だった。
1968年にザ・フォーク・クルセダースが解散したのち、ソロアルバムや作詞家として活動し、ますます時代のオピニオンリーダーとなっていた北山修は、アマチュア・フォーク・フェスティバルなるコンサートに出演する者たちにとっては神様のような存在だったかもしれない。
けれど、だいたいアマチュア・フォークって何だ。アマチュアであろうとすること、或いはプロもアマチュアもへったくれもないというのがフォークソングイズムだったんじゃないのか。フォークルはプロになればなるほどにアマチュア的で、だからこそ自由で新しいポップアイコンだった。
北山修が書き上げた歌詞は、戦争を体験している<大人たち>への、新しい道を歩んでいる<若者たち>からの清々しい反抗と、前を向いて新しい時代を明るく邁進していく決意だった。
若者自身が自己の幼さを肯定しているような、そして戦争体験で大人と若者とを二分させているようなこのある意味で能天気に見えてしまう詞は、まさに万博的である。しかし、そこには北山修の「新しいイメージの反戦歌」という思惑があったと思う。
北山修という人には、2人の北山修がいると思う。
それを「きたやまおさむ」と「北山修」と言ってもいいし、「芸能者」と「医師」と言ってもいい。
または、「加藤和彦的北山修」と「杉田二郎的北山修」と言ってもいい。
「戦争を知らない子供たち」の歌詞に曲をつけてほしいと頼まれた盟友、加藤和彦は、「こんなもの書けるか」と突き返した。
ジローズの杉田二郎は、喜んで曲をつけ、その後何十年と歌い続けている。
2人の北山修。ちなみにフォークルがプロになるときに、北山修が新メンバーに推薦したのも杉田二郎だったという。
かっこよくて鋭いアーティストの北山修と、ダサくても真っ正直なメッセンジャーの北山修。
だが、なんとも厄介なことに、それだけではない。その狭間で、中間的な、言わば第三の北山修がいて、彼はひとりで悩み続ける。
「戦争を知ってる子供たち」に変えるべきではないのか、「戦争を知らない大人たち」と歌うべきではないのかと、いまも北山修は自問自答し続けるのだ。
「戦争を知らない子供たち」の<戦争>とは、第二次世界大戦のことである。
けれど1970年当時、万博花盛りと浮かれている一方では、ベトナム戦争反対運動は依然としてあったはずだ。
自らが徴兵されたり空襲にあったり、つまり戦時下の国を生きていなくても、自分が直接的に戦争に関わっていなくても、異国の人の悲しみを思い、そして日本政府のアメリカ支持に怒り、「戦争反対」を掲げたのが1960年代だったはずだ。
だが、こんなふうに、「万博」からの依頼があれば、そのコンセプトに沿い、抜群に空気を読み、TPOを考え、その上で新しい反戦歌をつくろうとするのが、北山修の北山修たるところなのだ。
この歌は、翌年の1971年2月にレコードが発売され、万博というイベントから切り離され、ひとつの反戦歌として独立する。
オリコン1位という大ヒットとともに、批判も多く生まれた。
頭脳警察は「戦争しか知らない子供たち」と、学生運動にあてはめた替え歌にした。
小室等は「我々は戦争を知ってるんだよ!」と北山修に言った。
けれど、いちばんにこの歌と向き合い、ある意味において大きな荷物を背負ってしまったのは、北山修だったんだと思う。
そして、いまも。
杉田二郎は、明るく朗らかに「僕らの名前を覚えてほしい 戦争を知らない子供たちさ」と歌う。
北山修は、たまに行うコンサートで、いまでも悩んでいる様を聴衆にすべて披露しつつ、自己や確かにあった1970年という時代を肯定するように、歌詞を変えずに、「僕らの名前を覚えてほしい 戦争を知らない子供たちさ」と歌う。
42年前、フォークシンガーの姿をした若き精神科医が、大阪万博というクランケを前にして、「戦争を知らない子供たち」という処方箋を出した。
ひとつの世紀を超え、いまも北山修は、時代という患者を臨床している。


 戦争が終わって 僕等は生れた
 戦争を知らずに 僕等は育った
 おとなになって 歩き始める
 平和の歌を くちずさみながら
 僕等の名前を 覚えてほしい
 戦争を知らない 子供たちさ

 若すぎるからと 許されないなら
 髪の毛が長いと 許されないなら
 今の私に 残っているのは
 涙をこらえて 歌うことだけさ
 僕等の名前を 覚えてほしい
 戦争を知らない 子供たちさ

 青空が好きで 花びらが好きで
 いつでも笑顔の すてきな人なら
 誰でも一緒に 歩いてゆこうよ
 きれいな夕日が 輝く小道を
 僕等の名前を 覚えてほしい
 戦争を知らない 子供たちさ
 戦争を知らない 子供たちさ


 「戦争を知らない子供たちさ」詞:北山修 曲:杉田二郎



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Author


    佐藤 澪 -Rei Satou-
    漫画の執筆、zineの制作などいろんな活動をしています。「フォークソング・クロニクル」では、日本のフォークやロックの歴史を紡ぎ、現在のポップスに繋げることによって、歌の復権を試みるつもりです!
    satourei.com

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